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~Blue Flag~ ワールドフットボールに物申す
10月
6
2006
00:19:14
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Gianfranco Zola

マラゾーラ、マジック・ボックスリトル・ジーニアス、リトル・マジシャン…。数々の神々しいニックネームからどんなスタイルの選手だったか想像できる。
1966年7月5日生まれで166cm・67kgと小柄な体ながら優れたスピード、キレ、パスを武器に自分より一回り大きなDF相手に全く負けていなかった。
ヌオレーゼというクラブでキャリアをスタートさせ、マラドーナが在籍していたナポリで頭角を現す。マラドーナの影響を受け、テクニカルなプレーをすることからマラゾーラという異名も持っている。
その後パルマに移籍し、アスプリージャなどタレントに恵まれ一時代を築く。しかし、96年にいわゆるファンタジスタを冷遇する現ミランのカルロ・アンチェロッティ監督と確執が生じ、イングランドプレミアシップのチェルシーに移籍した。

当時のチェルシーは多国籍軍でその中でもグーリット監督のセリエA人脈が主流だった。既にクラブにはジャンルカ・ヴィアリ、ロベルト・ディ・マッテオが在籍していてその点で馴染み易かったかもしれない。移籍してすぐ、キックアンドラッシュが主流だったプレミアリーグに新しい風を吹き入れ、見事にそのシーズンに記者選定プレミア最優秀選手賞に輝いた。

Zolaしかし、チェルシーでも順風満帆な選手生活を送ることはできなかった。
グーリットから監督を引き継いだヴィアリと確執が生じ、ベンチを温める機会が増えた。
それでも97-98シーズンのカップ・ウィナーズ・カップ決勝で交代出場直後に唯一のゴールとなる決勝点を決め存在感をアピール。
2000年にはヴィアリがクラブのアイドルとなっているゾーラの存在が邪魔で放出することを画策するが、クラブの成績不振もあいまってヴィアリ自身が解任されるという結末となった。

監督がラニエリに変わってからは年齢の影響もあり出場時間は徐々に減って行ったが毎シーズンコンスタントに30試合以上に出場していた。
チェルシーで最後のシーズンとなった02-03シーズンは開幕から昨季のスタメン2トップのハッセルバインクとグジョンセンが怪我などで不調の影響もあり全試合に出場しチェルシーで自己最多となる14ゴールを決めクラブのCL出場権獲得に大きく貢献し、惜しまれつつ故郷のカリアリにキャリアの最終地として移籍した。

カリアリでは10番を背負いクラブのセリエA復帰に貢献、04-05シーズンにクラブの残留に多大なる貢献をし惜しまれつつ現役を引退した。セリエAではミハイロビッチに抜かれるまで直接FKゴール数記録を保持していて、「ゴールを決めるにはPKよりFKのほうが簡単」との名言を残したと言われている。
現在はチェルシーでチームメイトとなったピエルルイジ・カジラギと共にアッズリーニ(U21)のチームでコーチを務めている。

イタリア代表としては35試合に出場し9得点という成績を残した。
同じポジションにロベルト・バッジオという偉大な選手がいたため出場機会は限られてしまった。94年のWカップでは交代後すぐに不可解な判定で退場を宣告されてしまい、以降決勝まで進んだイタリアチームにおいて出場機会はなかった。96年のEUROではエースとして臨んだが、優勝国のドイツとのPK戦でPKを外してしまいグループリーグ敗退の憂き目にあった。98年Wカップの予選ではプレイオフに回るもそこで活躍したが、セリエAでバッジョが復活を遂げ、デル・ピエロの台頭もあり惜しくもメンバーから漏れてしまった。

現在もチェルシーとはチャリティーマッチに出場したりフットサルチームの選手として参加するなど関係を持っている。
いつの日かチェルシーの監督として戻ってくる、そう信じてこれからの活躍に期待している。

4 コメント to “Gianfranco Zola”


Comments

10月
6
2006
23:11:04
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6702

ゾラか~なんだかもうすっかり懐かしい名前だねぇ。
ビアリ、アスプリージャ、カジラギ、ディマッテオ(笑)
デル・ピエロがベテランだもんなぁ~彼らの名前がものすごく懐かしい選手のように聞こえるわけだ(笑)

ゾラはファンに愛される選手だったね。
こういう選手こそ幸せなキャリアを送ったというべきなのかもしれない。
まあ、あとはイタリア代表で…か。

やはりロベルト・バッジョは偉大すぎたのかなぁ。
ゾラもそうだけどマンチーニやシニョーリ…このあたりの年代には歴史に名を残すファンタジスタやセカンドトップの選手が多いけどどの選手も代表レベルではその能力に見合うような成績は残せてないよね。
デルピエロもこの中に入りそうだけど…。

まあ、イングランドのサッカーの歴史、特にプレミアシップになってからということになるとディカーニオもそうだけど欠かすことのできない存在だよね。
いつかイングランドで仕事をする時がくるのかなぁ。

彼らほどイングランドで実績を残してない(つか、たぶん1ヶ月ぐらいしかプレーしてない)マンチーニもインテルでの監督業を終えた後はイングランドで仕事がしたいって言ってたなぁ。

10月
7
2006
22:27:30
Type:
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additionaltime

ゾーラのゴールで涙したこともあります。
FAカップだったと思いますが、当時ディヴィジョンワンだったノリッジ戦で決めたヒールシュートがカッコよかったです。その後のパフォーマンス込みで。

ディ・カーニオはシェフィールド・ウェンズデイ時代に初めて知ったんですけど、きっかけは審判を突き飛ばして11試合くらい出場停止になった時でした(笑)
ウェスト・ハム時代はエヴァートン戦だったかでキーパーが負傷して倒れて無人になったゴールにボールを蹴り込まずにクロスをキャッチし、そのプレーがフェアプレイ賞に選ばれましたね。重要な試合でよくゴールを決め熱い男でした。

マンチーニはレスターで現役復帰しましたね(笑)あれは驚きました。小学生時代のサッカークラブのコーチに録画して貰ったパルマvsラツィオでコーナーキックを直接ヒールでゴールに叩き込んだのを見て感動しました。

そう言えばプレミアにはベニト・カルボーネもいましたね(笑)テクニシャンでなかなか好きな選手でした。

ディ・マッテオも指導者としてのキャリアを進み始めてるみたいですしチェルシーに関わった人みんながチェルシーで働いてほしいと思いますし、そう思わせるクラブになってほしいと思いました。

10月
8
2006
22:35:32
Type:
Comment

didier

こんばんは。
ゾーラは偉大。プレーはもちろん人間的にも神のような存在でしたね。
テリー、ランパードあたりはかなりいい影響を受けているはずでしょう。
今夏、シェバもゾーラと同じく30歳で渡英したわけですが、同じような英雄になってくれることを個人的には強く願ってます。

それから、ゾーラのサッカー人生と若干被るのは(光と影的な部分で)ダビド・ジノラかなぁ・・・なんて思ってます。ジノラもプレミアシップ史上に残る名選手に入りますよね?

とにかく将来の監督・・・モウリーニョの次はゾーラでお願いしたいです。でもそうなったらなったで、負けても全然文句言えない気がしますが(笑)

10月
9
2006
16:29:01
Type:
Comment

additionaltime

実際インタビューでもテリーはゾーラを見て体調管理等学んだという発言がありましたよね。
プレー以外の面でも影響力が強い選手でした。

ジノラはいつのまにかいなくなってしまってたって感じなのですが、プレミアで1、2を争うドリブラーでしたよね。
プレミア史に名を残す選手に入るでしょうね。

ゾーラが監督になったら確かに複雑ですね(笑)
個人的には次の監督は勝てなくてもいいので楽しいサッカーをしてほしいなぁと思います。
ただ、アブラモビッチが許さないでしょうが…

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